吉旦日記

きったんの日記

木彫りのしいたけ

僕は昔プロマジシャンを名乗っていました。プロマジシャンの定義は未だによくわからないのですが、少なくとも自分でプロマジシャンを名乗り、マジックを演じてギャラを貰い、そのギャラで生計を立てていたので、プロマジシャンと言ってよいはずです。

プロマジシャンにもランクがあります。トップクラスになれば、単独のマジックショーを開催したり、テレビの特番に出演したりと自分の名前で人が呼べるようになるわけです。でも、そうでない多くの若手マジシャンは、マジックができる誰かくらいに思われながら、イベントや飲食店の賑やかしのような仕事でコツコツと小銭と経験値を稼ぐのです。

そうした仕事では、僕らは脇役です。もちろんマジックを演じているほんの束の間はお客様は僕たちマジシャンを注目してくれます。でもそれはマジックを見ているのであって僕を見ているわけではないことがよくわかります。

自分の名前で集客できないとクライアントの意向に振り回されることは珍しくありません。事前に打ち合わせをしていたにも関わらず当日ネタの変更を要求されたりとかですね。

そもそもマジシャンは無茶ぶりをされる宿命があります。今でもマジックをやっているというと「鳩出して!」とか「千円札を一万円に変えて!」とか言われます。僕らマジシャンはこうした定番の無茶ぶりに、時にはマジックで、時にはジョークでうまく返せるように考えます。でも、無茶ぶりに毎回うまく返せるわけではなくて、慌てたりグダグダになることもあります。

ある時、僕は某自治体が開催したり「きのこまつり」なるイベントに呼んでもらいました。祭りといっても、ショッピングモールのイベントスペースを使った物産展です。その地域の特産品であるきのこ、特にしいたけを売り出すためのイベントです。

この手のイベントでショーが行われる目的は決まっています。ショッピングモールに来た子どもたちを惹きつけ、この間に親たちに商品を見てもらおうということです。なので子供にウケてさえいればあとはお任せということが多いのです。その日のイベントでも事前の打ち合わせではそう聞いていました。

ところがです。その日イベント会場につくとある無茶ぶりが待っていたのです。

担当者さんに紙袋を渡され「今日のショーでこれを使ってもらえませんか?」と。。。

見ると中身は木彫りのしいたけ。何かと思えば担当者の上司が趣味で彫ったものだというのです。たぶん上司の方としてはしいたけ推しのイベントだしちょうどいいくらいの考えなのでしょうけど、僕からすればいきなりそんなことを言われてもという感じです。

それでも僕は考えました。必死に考えました。ショーまではすでに一時間を切っています。クライアントの要求にはなるべく応えたい。なんとかしよう。

そしてショーが始まりました。

何も書かれていないスケッチブックに魔法をかけるとうさぎの絵が現れて、そこから本物のうさぎ。。。ではなくて、ぬいぐるみのうさぎが出てきます。そこからはぬいぐるみのうさぎを助手に見立てていくつかのマジック。ウケは上々です。子どもたちも集まってきてなかなかの成功と言えるレベル。

(そろそろだな)そう思った僕は、おもむろに紙袋を取り出し、中身が空っぽだということを示します。

「みんなー!この空っぽの紙袋に魔法をかけるとみんなの好きな食べ物が出てくるよー!なんだと思うかなー?」そう声をかけると「チョコレート!」「ポテチ!」「焼き肉!」と思い思いの答えが返ってきます。

「そうだねー!みんな好きな食べ物あるよね!でも、マジシャンにも都合があるんだよー」

後ろで見ていた大人たちは苦笑い、ちびっ子たちはキョトーンとするなか、優しい小学生たちが「きのこー」「しいたけー」と言ってくれました。

そしておまじないをかける僕、紙袋から現れる木彫りのしいたけ、マジックは成功です!しかし。。。ショーが成功だったのかは。。。

マジシャンは無茶ぶりをされる宿命です。もし皆さんがどこかで生のマジックを見たら無茶ぶりをしたくなるかもしれません。でもマジシャンもできることとできないことがありますからどうかお手柔らかに。木彫りのしいたけなどリクエストしないでください。